蝉休の雑文日記

色々なことを書いていこうと思います。

蝉休旅録 青鬼集落への道1

0はじめに    

 

    この物語は事実を元にしたフィクションである。フィクションといっても限りなく事実に基づいている。世にある「事実を元にしたフィクション」の八倍は事実を元にしている。正確には実際の記憶を辿りながら書いた懐古譚であるが、それが生きた人間の記憶であるため所々抜け落ちている部分がある。記憶力は良い方だと思っているので、抜け落ちた物もごく僅かであると考えられるが、そのごく僅かな部分を想像により補ったために、この物語は「ノンフィクション」から「事実を元にしたフィクション」へと変わってしまったのである。自分の記憶管理のずさんを悔やむばかりである。悔やんだところで今後改善できるものでもないのだが。

 

 

1コンクリからの脱却

 

    布団に寝転がったまま天井を見上げる。無機質な光を放つ蛍光灯が、退屈そうにこちらを見下ろしていた。見飽きた景色。かれこれ数時間ずっと布団に寝転がったまま、同じように天井を眺めてはたまに携帯などを確認した。確認したところで何か変化があるわけでもない。ラインを開いては通知の無い画面を見て閉じ、しばらくしてから再び開いてはまた閉じを何度も繰り返していた。特に誰かから来る連絡を待っているというわけでは無い。特にやる事が何も無いので、開いては閉じを行なっていた。この時の僕は、恐ろしく暇だった。

    暇なのはいつもの事である。大学の二回生だった僕は、平日昼間は学校へ行き夕方には家に帰って来る。家に帰って来てからすることと言えば、バイトへ行くか、布団に寝転がりボーッと天井を眺めるかだ。大学入学と同時に田舎から出てきた僕に、都会の土は合わなかった。そもそもその土が無いことに違和感を覚えてしまう。どこを見渡してもコンクリばかり。土を求めて花壇に飛び込みそうになったこともある。

    そんな人間だから、暇な時間に街へ出ようという気にもならなかった。街へ出て買い物したりカラオケしたりして遊ぶよりも、缶蹴りなんかをやってた方が楽しいんじゃないかとも考えた。

    都会が嫌いながら都会に住まざるを得ない人間にとって、暇な時間というのは大いなる敵だ。家で一緒に人生ゲームなんかをやって暇を潰してくれる友人がいればよかったのだが、生憎そんな友人はいなかった。何をするでも無く、ただ時間が過ぎて行く。この停滞感から、どうにかして抜け出さねばならない。都会に住みながら街へ出ることなく、停滞感漂う日常を抜け出す数少ない方法を、僕は知っていた。

 

    都会での退屈から来るフラストレーションは、今までに何度も感じていた。そのフラストレーションがある程度溜まると、僕は旅に出た。旅に出ることで僕は都会のコンクリから抜け出し、日常の停滞感から抜け出した。旅先での自然との触れ合いは僕の心を癒し、旅先での人との触れ合いは僕の心を健やかにした。

    旅の始まりはだいたいいつも唐突で衝動的であった。この時も、例に漏れることはなかった。

 

    天井を見つめながら、「どっか行くかあ」と一人呟く。時計に目をやると時刻は午後10時、明日からは土日休みを挟み、月曜には授業がある。幸いにもこの土日には何の予定もバイトも入っていなかった。寂しいのか寂しくないのか複雑な気持ちになりつつも、「二日あればそれなりに遠くまで行けるな」などと考える。

    旅へ出るなら、まず目的地を決める必要がある。土日の二日で、どこまで行って、帰って来られらだろうか。一人旅というものは、多くの場合無茶をしがちである。月曜に学校へ行かなくてはならないわけだから、最悪月曜の朝までに帰って来れればよい。それならばさらに遠くへ行ける。明日出発するのではなく、今から家出るならば、もっと遠くへと行ける。金曜日の深夜に出発し、月曜の朝に帰って来られる場所。こういった旅は今回が初めてではない。これまでの経験から僕は、片道300キロ以内の場所ならば期限のうちに帰って来られるだろうと判断した。徐々に興奮を増してゆく心を抑えながら、スマホの地図アプリを開く。心が唆られるままに地図をスライドしていく。

    ガイドブックに載っているような名所に、僕はあまり惹かれるなかった。旅の途中にそれらの名所を通った場合は、一応立ち寄ってみたりはするが、それらが旅の目的地になることは無かった。僕はいつも、長閑な農村のような場合に心を惹かれた。そして旅の目的地になるのも、そのような場所であった。

    すると、長野県の北の方に気になる地名を見つけた。青鬼集落。『青鬼』と書いてあおにと読むらしい。直感により、目的地はこの青鬼集落へと決定した。

    雑にシャワーを浴び、着替えをリュックに押し込む。それが何日分の着替えなのかなんて数えもしなかった。あとは必要最低限の物を詰め、一番最後にカメラケースをゆっくり、丁寧に入れた。一瞬にして準備を終え、バイクのキーをポケットに突っ込み家を出た。