蝉休の雑文日記

色々なことを書いていこうと思います。

ショートエッセイ 外来種

ザリガニという生き物を知っているだろうか。赤い体、長い触覚、前足に巨大なハサミを持ち、水中を後ろ向きに高速で移動する。

 

カブトムシやクワガタムシが夏のスターならば、ザリガニはまさにスーパーサブといったところだろう。子供達からの人気はカブトとクワガタに劣るものの、このスーパーサブは雑食性で何でも食べるうえに、汚れた水の中でも生きていけるタフネスさを持っているため、比較的簡単に飼育ができる。この飼育の容易さのために、ザリガニをペットにするちびっこも多かったのではないかと思う。

 

そしてこのザリガニを長年不動のスーパーサブたらしめてきたのが、捕獲時のアクティビティ性だろう。僕が子供の頃、ザリガニ釣りはまさに釣り人の登竜門であった。立派な竿やリールを使ったフィッシングを知る前に、近所の兄ちゃんから棒切れとタコ糸を使ったザリガニ釣りを教えられる。そこで一人前にザリガニを釣り上げられるようになると、ようやく次にナマズを釣ることが許されたものだ。僕の地元の少年達はこうして立派なアングラーへと成長してゆくのだ。

 

このように親しまれてきたザリガニだが、知っての通り我々がザリガニとして思い浮かべているものは、正式には「アメリカザリガニ」と呼ばれる。その名の通りアメリカ生まれなのである。

1920年代に食用として日本に持ち込まれたのがウシガエル。そのウシガエルの餌としてやってきたのがアメリカザリガニ。このうちカエルに食われるのを嫌がった連中が逃げ出し、驚異的な勢いで繁殖を遂げた。アメリカ生まれのタフネスザリガニは、あっという間に日本全国へと生息域を広げたのだ。

 

アメリカザリガニが日本のあちこちで猛威を振るう以前は日本にザリガニがいなかったのかというと、そうではない。日本には元々、ニホンザリガニと呼ばれる種が生息していた。聞いたことのある人は多いだろうが、見たことのある人は少ないのではなかろうか。薄い赤茶色のズングリした体、大きさはアメリカザリガニよりも一回り小さい。東北と北海道に生息し、涼しく水の綺麗な場所を好む。とてもおしとやかなザリガニだ。

このニホンザリガニの生息域である東北より南西の地域の人は、アメリカザリガニが繁殖するまでザリガニという生き物を知らなかった。言い換えれば、ザリガニという生き物を全国区にしたのはアメリカザリガニの功績ということになる。

 

そんなアメリカザリガニだが、生き物の研究をしている方々からは外来種と呼ばれあまり良い印象を持たれていない。

なんと数奇な生き物だろうか。

アメリカの広い大地に生まれたはずが、船に乗せられほとんど地球の裏側の島国に連れて来られた挙句、巨大なカエルの餌にされかけた。そこから決死の脱走によりなんとか生き延び、知らない土地で知らないものを食べながら命を繋いだ。その中で生き物の理としての恋も当然経験しながら、日本の自然界をしぶとく生きぬいてきた結果、生態系を破壊する外来種としてブラックリスト入りを果たしてしまったのだ。

最近では人の手により住処の水を全部抜かれた大量のアメリカザリガニ達が、偉い先生に

「これも外来種ですね〜。駆除した方がいいですね〜」

などと言われながらさも悪党らしく紹介されているのをどこかで見た。気の毒という言葉がこれほど似合う生き物がいようか。

 

外来種はいつまで外来種なのだろう。アメリカザリガニが来日してから一世紀近くが経とうとしている。そろそろ帰化させてあげてもいい気がしてくる。あの厳つい両手では自力で申請することもできないだろう。

他の場所から来た生き物がその場所の生態系の一部として認められるのには、いったい何百年かかるのだろう。それとも何千年経とうが、外来種外来種のままなのだろうか。